【コラム】試合形式の違いと勝利確率について考察してみる(中編)

昨日に引き続き、今年ホットな話題になりつつある試合形式についての考察の続きです。2019年シーズンから全豪オープンとウィンブルドンのファイナルセットの形式が変更になり、グランドスラム4大会全てが異なる試合形式になるということで、この機会に考察してみることにしました。

前回記事はこちらです。

【コラム】試合形式の違いと勝利確率について考察してみる(前編)
あけましておめでとうございます!新年一発目の記事は、今年ホットな話題になりつつある試合形式についての考察です。2019年シーズンから全豪オープンとウィンブルドンのファイナルセットの形式が変更になり、グランドスラム4大会全てが異なる試合形式に...

後編も公開しました!

【コラム】試合形式の違いと勝利確率について考察してみる(後編)
前2記事に引き続き、今年のホットな話題、試合形式についての考察の続きです。2019年シーズンから全豪オープンとウィンブルドンのファイナルセットの形式が変更になり、グランドスラム4大会全てが異なる試合形式になるということで、この機会に考察して...

はじめに【前回記事の再掲】

まずは各大会の試合形式をおさらいしておきましょう。(前回記事の再掲です)

ATP250〜マスターズの各大会3セットマッチ(2セット先取)。各セット、2ゲーム以上の差をつけて6ゲーム以上を獲得すればセット獲得となるが、6-6となった場合は2ポイント以上の差をつけて7ポイント先取した方がセット獲得する、いわゆる通常のタイブレークとなる。

全豪オープン5セットマッチ(3セット先取)。ファイナルセットは6-6となった場合、2ポイント以上の差をつけて10ポイント先取した方が勝者となる10-Point Tie-break

全仏オープン5セットマッチ(3セット先取)。ファイナルセットは2ゲーム差をつけて6ゲーム以上を獲得するまで延々と続く、いわゆるデスマッチ形式

ウィンブルドン5セットマッチ(3セット先取)。ファイナルセットは2ゲーム差がつくまで続くが、12-12となった場合はいわゆる通常のタイブレークとなる。

全米オープン5セットマッチ(3セット先取)。ファイナルセットも第4セットまでと同様に、6-6となった場合はいわゆる通常のタイブレークとなる。

NextGen Finals5セットマッチ(3セット先取)。各セット、4ゲーム先取でセット獲得となるが、3-3となった場合はいわゆる通常のタイブレークとなる。また、各ゲーム40-40となった場合は次の1ポイントを獲得した方がゲームを獲得するNo-Ad形式で行われる。

(参考)ATP250〜マスターズの各大会のダブルス3セットマッチ(2セット先取)。セット数が1-1となった場合、2ポイント以上の差をつけて10ポイント先取した方が勝者となるMatch Tie-breakとなる。また、各ゲームはNo-Ad形式で行われる。

当記事での前提

前回記事では、非常にシンプルに考えてみるために、「全てのポイントにおいて、ポイント獲得率は一定」という前提を置きましたが、今回は少しレベルアップしてサーブ時とリターン時のポイント獲得率を別々に設定してみます。なお、先サーブ後サーブは理論的には影響が無いはずなので、今回はすべて先サーブとして作図しています。(今回の計算方法では後サーブでも同じ結論となります。)

1.ATP250〜マスターズの各大会

まずは各ゲームの過程を見てみましょう。今回の記事では、例として、2018年度の錦織のポイント獲得率であるサーブ64.9%、リターン38.4%の場合の数値を掲載します。

数値元:Ultimate Tennis Statistics

【図1】通常サービスゲーム
【図2】通常リターンゲーム

上図において、サービスゲーム獲得率は82.8%、リターンゲーム獲得率は23.2%となっていますが、現実の2018錦織のサービスゲーム獲得率は81.4%、リターンゲーム獲得率は24.4%です。それなりに近いと言えそうでしょうか。ちなみに、詳細は割愛しますが、グラフの凸性から現実の方がサービスゲーム獲得率はやや低く、リターンゲーム獲得率はやや高くなるはずなので、個人的にはかなりうまく当てはまっているなという感想を持っています。

続いて、タイブレークを見ていきましょう。

【図3】タイブレーク

上図ではタイブレーク獲得率は55.4%ですが、現実の2018錦織のタイブレーク獲得率は驚異の77.3%(!!)。さすがはアンダープレッシャーレーティングNo.1です。ここまで来るともはや科学的に分析する気も起こりませんね…笑

続いて、これらを組み合わせて各セットの過程を見ていきましょう。

【図4】通常セット

タイブレークに縺れる確率は21.0%、セット獲得率60.9%という計算になります。現実の2018錦織はタイブレークに縺れる確率13.3%、セット獲得率62.4%ということで、理論値よりはかなりタイブレークに縺れる確率が低くなっています。今回の計算では平均のポイント獲得率を使用しているので、イメージとしては30位くらいの選手と全試合戦うことを想定していることになります。しかし、現実にはもっと強い相手やもっと弱い相手と戦う機会も多く、実力差があるほど長期戦にはなりにくいのでこのような結果になっているのかな、と思います。

最後に、3セットマッチの過程です。

【図5】3セット通常マッチ

試合勝率は66.1%という計算になります。現実の2018錦織の3セットマッチ勝率は63.3%とやや低いですが、今回の計算に使用している年間平均のポイント獲得率(サーブ64.9%、リターン38.4%)よりも3セットマッチに限った場合のポイント獲得率(サーブ64.4%、リターン38.6%)の方が若干低く、この数値を使用して計算すれば3セットマッチ勝率は64.7%となるので、それなりに近いとは言えるでしょうか。

2.全豪オープン

ファイナルセット以外は前述の【図4】と同様です。

ファイナルセットは6-6となった場合、10-Point Tie-Breakとなります。

【図6】10ポイントタイブレーク

当然、通常のタイブレークよりもポイント数が多いので、ポイント獲得率が50%を超える錦織のデータだと勝率が高くなります。

【図7】全豪オープン ファイナルセット

通常セット勝率60.9%に対して、全豪オープンファイナルセットの勝率は61.1%。10ポイントタイブレークの分、わずかに高い勝率になる計算です。

【図8】全豪オープン マッチ

5セットマッチということで、前述の3セットマッチよりも高い69.9%の勝率になる計算です。

3.全仏オープン

ファイナルセット以外は前述の【図4】と同様です。

ファイナルセットは2ゲーム差をつけて6ゲーム以上を獲得するまで延々と続く、いわゆるデスマッチ形式となります。

【図9】全仏オープン ファイナルセット
【図10】全仏オープン マッチ

グランドスラム4大会のファイナルセットの中でも最も長期戦となるデスマッチ形式ということで、最も番狂わせが起こりづらい試合形式です。

4.ウィンブルドン

ファイナルセット以外は前述の【図4】と同様です。

ファイナルセットは2ゲーム差がつくまで続きますが、2019年からは12-12となった場合はいわゆる通常のタイブレークとなります。

【図11】ウィンブルドン ファイナルセット
【図12】ウィンブルドン マッチ

グランドスラム4大会のファイナルセットの中では全仏オープンに次いで2番目に番狂わせが起こりづらい試合形式です。

5.全米オープン

ファイナルセットも含めて各セット、前述の【図4】と同様です。

【図13】全米オープン マッチ

グランドスラム4大会のファイナルセットの中では最も短期戦となる形式ですね。

6.NextGen Finals

次は、ここまで紹介した試合形式とは大きな違いがあるNextGen Finalsの試合形式です。各ゲーム40-40となった場合は次の1ポイントを獲得した方がゲームを獲得するノーアド形式となります。

【図14】ノーアド形式 サービスゲーム
【図15】ノーアド形式 リターンゲーム

ノーアド形式の方が、通常のゲームよりもブレイク率が上がることが分かります。また、今回は考慮していませんが、ノーアド形式ではリターン側がサイドを選ぶので、その分さらにブレイク率が上がると考えられます。

各セット4ゲーム先取でセット獲得ですが、3-3の場合はいわゆる通常のタイブレークとなります。

【図16】NextGen Finals セット

ノーアド形式かつ4ゲーム先取ということで、他の形式よりもセット獲得率は低くなっています。

【図17】NextGen Finals マッチ

5セットマッチではありますが、各セットが短期戦ということもあり通常の3セットマッチよりも勝率が低くなっていますね。

7.(参考)ATP250〜マスターズの各大会のダブルス

今回はダブルスまで詳しく触れるつもりはありませんが、通常のATP大会の試合形式のみ参考に記載します。

各ゲームは【図14】【図15】と同じノーアド形式となります。

セット進行は通常のシングルスマッチと同様ですね。

【図18】ダブルス セット

3セットマッチ(2セット先取)ですが、セットカウント1-1となった場合は10ポイント先取のマッチタイブレークとなります。マッチタイブレークは【図6】の10ポイントタイブレークと同じです。

【図19】ダブルス マッチ

ノーアド形式、マッチタイブレークが効き、今回紹介する試合形式の中で最も勝率が低いという計算結果になっています。

まとめ

紹介した7種類の試合形式について、ポイント獲得率を変動させた場合の勝率を調べてみました。

2018シーズンの全選手の平均ポイント獲得率がサーブ:約65%、リターン:約35%なので、ここから片方ずつを上下10%動かしてみます。

【図19】 各試合形式でのサービスポイント獲得率と勝率の関係(リターン:35%で固定)

【図20】 各試合形式でのリターンポイント獲得率と勝率の関係(サービス:65%で固定)

少し違いが分かりづらいですが、「3set Normal」と「5set NextGen Finals」では前者の方が若干リターン特化型の勝率が高く、サービス特化型の勝率が低くなっているようです。

少し違いが分かりやすいように、切り取り方を変えてみましょう。サービス+リターン=105%で固定し、サービスポイント獲得率とリターンポイント獲得率を逆方向に動かしてみます。

【図21】 各試合形式でのサービス/リターンポイント獲得率と勝率の関係(合計:105%で固定)

上のグラフで左側はリターン特化型、右側がサービス特化型となります。ハードコートでバランス型の選手が大体67%前後のイメージです。

サービスポイント獲得率+リターンポイント獲得率が一定であれば概ね勝率も一定(グラフが真横になる)かと思っていましたが、ノーアド形式の「5set NextGen Finals」と「3set Doubles」以外ではリターン特化型がやや勝率が高くサービス特化型がやや勝率が低い、超サービス特化型は勝率が高い、というグラフになりました。とはいえ、芝コートのフェデラー、ラオニッチやイズナー、カルロビッチなどでさえ、試合単位でサービスポイント獲得率が85%を超えることは非常に稀なので、右端のグラフが上向いている部分は事実上無視しても良いでしょう。ちなみに、サービスポイント獲得率+リターンポイント獲得率が100%を超えていれば上の様なグラフとなり、100%未満の場合は上下反転したようなグラフとなります。

前述の通り、「3set Normal」と「5set NextGen Finals」では前者の方が若干リターン特化型同士は番狂わせが起こりにくいサービス特化型同士は番狂わせが起こりやすい結果となっていることが分かるかと思います。

また、グランドスラム4形式の中で比較してみると、(前述の通りサービスポイント獲得率85%超を無視すると)全仏オープン形式のみサービス特化型の勝率下落幅がやや緩やかになっています。まあ、クレーコートの全仏オープンでサービスポイント獲得率が著しく高いケースはあまり考えにくいので、それを踏まえると他の形式とあまり差が無いと言えるかもしれません。一方で、2019年度から試合形式が変更になったウィンブルドンではサービス特化型同士の対戦でも番狂わせがやや起こりやすくなるという影響が多少出やすいでしょう。

前回記事から2記事にわたり、マルコフ連鎖のモデルを使っていろいろと考察してきましたが、本題の全豪・ウィンブルドンの試合形式変更による影響があるか、という観点では、キープ合戦になるような試合では数%程度番狂わせが起こりやすくなる平均~ブレイク率が高い試合ではほぼ影響無し、という結論かと思います。まあある意味予想された結論ではありますね(笑)

最後に、次記事の後編では過去のデータから影響度合いを考察して今回のシリーズを締めたいと思います。

後編も公開しました!

【コラム】試合形式の違いと勝利確率について考察してみる(後編)
前2記事に引き続き、今年のホットな話題、試合形式についての考察の続きです。2019年シーズンから全豪オープンとウィンブルドンのファイナルセットの形式が変更になり、グランドスラム4大会全てが異なる試合形式になるということで、この機会に考察して...

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